不登校の女子中学生と母親

内観者:不登校の女子中学生
京子(仮名)さん – 中学生

内観するまで

京子さん(仮名、中学2年生)は体調を崩し保健室登校をしていましたが、ついに不登校になってしまいます。キャリアウーマンの母親は驚き、内観を体験したことのある友人の紹介で研修所に相談に来られました。面接者は母子で内観に来るようにすすめました。最初は渋っていた母親はやむなく、そして京子さんは「学校へ行くよりはまし」と考えて、研修することになりしました。

内観の様子

- 内観の体験を京子さんは次のように語っています。
「母や父にお世話になったことは多く浮かぶのですが、して返したことが考えられず、自分のことしか考えていないことに気づきました。また、どうしてこんなつまらないことで悩んでいたのだろうというふうにも思いました」
こうして彼女は妹ばかり可愛がると思っていた両親から、自分も愛情を注がれていたことを実感しました。

- また、母親は次のように語っています。
「娘と私が内観を体験したのは、この子が中2のときです。私は、勉強ができる子どもが『良い子』思っていましたが、京子は俗にいう『デキの悪い子』でした。子どもが可愛くない、ハッキリ言って憎かったのです。
家の中での娘は、父親や母親である私の顔色を見ながらオドオドしていました。その吐け口は、唯一得意とするスポーツに向けられました。しかし、私はそれを禁止しました。すると、京子は二学期が始まってすぐ熱が出たり足がすくむなどし、とうとう学校を休むようになってしまいました。友人から内観研修所を紹介され、内観の先生から親子での参加を強くすすめられ、私も切羽詰まっていましたので、何とか仕事のやりくりをし、内観を決断しました。(母・父・夫に対する内観をした後、娘に対する内観をして)京子が産まれた時の喜び、赤ちゃんの時の笑顔にどれだけ自分が救われていたかを思い出すと、涙が止まりませんでした。涙とともに、後から後から子どもに迷惑をかけたことばかりが浮かび、して返したことが見つかりませんでした。育ててやっているんだという思いだったのが、子どもに育ててもらっていた自分に気づくようになりました」

内観後の2人

その後の2人はどう変化していったのでしょう。

京子さんの場合

「内観が終わっても、2週間くらいはまだ学校に行けませんでした。しかし、心が強くなったような自分を感じ、勇気を出して行ってみたら、徐々にですが登校できるようになりました。内観によって悩みに勝ったように思います。誰にも頼らずに考えたのは、初めてでしたから」
その後、京子さんは高校に進学し、5年後には看護学校に通いながら、看護婦の卵として働いています。

母親の場合

一方、当初は娘だけが問題と考えていた母親も、自分にも問題があることに気づき、変わっていったようです。
「研修所からの帰り、私は京子をいとおしいと思いはじめました。それからというもの、娘はどんどん変わっていきました。私が勉強のことを口にするのが減ってくると、娘の成績が上向きになり、中3、高校と元気一杯はつらつと過ごすようになり、看護婦への道も自分で決めました。座り続けたあの日がなかったら、今日の私たちはないでしょう。内観で親子の間に連帯感が生まれ、それが太い絆となっており、5年たった今でも新鮮な感動となっています」

このように内観法で母親は学業成績優先の価値観を改め、かけがえのない娘の良さを再発見しました。娘も両親の愛情を改めて感じ、世の中への信頼感を強め、自分の問題を克服しました。母子は内観法によって危機を乗り越えて家族の絆を強め、連帯感を取り戻したと言えるでしょう。

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