バス恐怖症の克服体験記(内観とCLの体験者のその後)

バス恐怖症の克服
30代、女性

内観、CLとの出会い

私は2003年8月に集中内観をさせていただき、同年10月にCL前期トレーニングを受講いたしました。そしてこれらの経験を通して日常生活に生かすことのできる多くの“気づき”を得ることができました。内観と森田療法の理論をベースにしたCLでは、得られた“気づき”をいかにして具体的な行動に移していくのかが重視されます。

CLトレーニングの講義では、どのような感情が起ころうともその感情をそのままに目的に添った行動をする例として、飛行機恐怖症のレイノルズ先生が恐怖心を抱えながらも年に何度も飛行機でアメリカから来日される際の体験談をお話くださいました。

また、三木潤子先生からは高いところが苦手でいらっしゃるにもかかわらず、勇気を振り絞って空中ブランコに乗られた体験談を聞かせていただきました。私自身も高いところが苦手ですので、三木先生のお話を手に汗握る思いでお聞きし、恐怖心を克服する追体験をさせていただきました。恐怖という感情はそのままに今なすべきことの一つひとつに意識を集中して行動していくことで、空中ブランコに乗るという離れ業まで達成できてしまう。これは凄いことだと思いました。

バス恐怖症

実を申しますと、私には20年前から「バスに乗れない」という恐怖症がありました。大人になって運転免許証を取得してしまえば、バスに乗れなくてもさして困ることはありません。ただ、友人や家族から日帰りバスツアーなどに誘われたときには、「バスが苦手だから」と断らざるを得ませんでした。そのため、ずいぶんと旅の楽しみを放棄してきたように思います。
もともと、幼少の頃より乗り物には弱く、タクシーに5分乗ったら車酔いをする体質でしたが、小中学校のバス旅行の際には酔い止め薬を飲み、お弁当やおやつに酔わない食べ物を選ぶという配慮さえすればなんとかバスに乗ることができていました。

そんな私が深刻なバス恐怖症に陥ったきっかけは約20年前の出来事にまでさかのぼります。当時、高校を出て銀行に就職したばかりで、「新人さん」と呼ばれながら日々カチコチに緊張しながら仕事を覚えていました。職場ではマイカー通勤が禁止されておりましたので、自宅から約1時間かけてバス通勤していたのですが、ある冬の朝、警報が出るほどの大雪が降りました。真冬でも滅多に雪が降らない地域性と、電車等の交通の便が悪いためにマイカー通勤族が多いことがあいまって、バス道は大渋滞となりました。バスの窓からは、真っ白な雪の世界の中を気が遠くなるほど車が連なっている光景が見えます。また、タイヤチェーンを装着するために道路わきに停車した車や、それらの車が走るときのチェーンの音…。前にも後ろにも動くことができない状況で、喫茶店もコンビニもない田舎道のためにトイレに途中下車することさえできません。私は極力何も考えないように努力しました。バスはカタツムリのような速度でしか前進せず、職場近くのバス停にたどり着いた時には約3時間が経過しておりました。

この出来事以降、通勤でバスに乗るたびに身体が緊張するようになり、ドキドキしたり息苦しさや血の気が引いていく感じを覚えるようになりました。思い出したくないバスに閉じ込められたときの渋滞の光景が皮肉にも脳裏に焼き付いていて、「バスに乗ったが最後、どんな事態になっても降りるまで我慢しなければ」という思いが漠然とした不安を呼び起こし、その不安に押し潰されそうになるのでした。バスが怖くなった頃は、職場でのストレスもピークに達していた頃でもありましたので、通勤のためにバスに乗らなければならないということは当時の私にとって二重三重に気が重いものでした。そのためか、時間の経過と共に軽減していくはずの不安感が通勤で毎日バスに乗るたびに刷り込まれていって、とうとうバスを見ただけで身体が反射的に緊張状態になるという「バス恐怖症」に陥ってしまったのでした。このバス恐怖との葛藤は退職する日まで続きました。

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日帰りバスツアー

最初に申し上げましたように、日常生活においてはバスに乗れなくてもさほど困ることはありません。しかし、もっと気楽にバスに乗ることができれば行動半径も広がるし、旅行の楽しみも増えます。CLトレーニングの合宿に参加する前、夫から片道3時間程度の観光地までの日帰りバスツアーに誘われていました。返事を保留にしたまま臨んだCLトレーニングでしたが、お二人の先生の体験談をお聞きし、CL理論を学習しているうちに、「バスツアーに参加してみようかしら」と思うようになりました。
そして、合宿の最終日には、「とにかくバスに乗ってみよう」という気持ちになっていました。バスに乗ろうともせずにバス恐怖症を克服しようとしていた自分が、とても浅はかに思えてきたのです。

レイノルズ先生からは、「恐怖心をもつことは何も恥ずかしいことではない。そうやって人間は危険から身を守ってきたのです。あなたがバスに乗るとき、そのバスが20年前に乗ったバスとは違うバスであることをよく観察するといい。同じではないことがわかれば、ずいぶんと気が楽になりますよ」と励ましていただきました。
とは言いましても、20年間抱いてきたバスへの拒絶反応がそう簡単に消えるものではありません。極力、ツアーのことを考えないようにして日々の生活を送っておりましたが、ツアーの日程が近づくにつれて不安が湧き起こってきます。それで、安心感を得ようと夫にツアーの細かいタイム・スケジュールを尋ねてみたのですが、行く先しか知らないという返事です。少しでもバスに乗っている時間を短くしたいので、乗客を拾う最終地点から乗り込むことを考えたのですが、乗車場所は一箇所のみでした。そこでインターネットで出発地と到着地を入力して所要時間を調べ、様々な方法を使って不安を消そうとジタバタしていました。

当日、大きな観光バスを見た途端、反射的に足がすくみました。そこで添乗員さんにご挨拶する際に「実はバスに弱いんです。今日はお世話になります。よろしくお願いします」と頭を下げました。添乗員さんは一瞬ハッとした表情をなさってすぐに「こちらこそよろしくお願いいたします」と笑顔で応えて下さいました。
その様子を運転手さんもさりげなく眺めておられたのを記憶しています。そして、乗員の確認が終わり、いよいよバスが動き始めました。私は呼吸を整えることに意識を集中し始めました。緊張すると呼吸が自然に速まり、そのことで余計に身体が緊張状態になっていくことを防ぐためです。

夫は私の気持ちを察してか、会話の無理強いをすることなくゆったりと構えてくれています。私は呼吸を整え終わると今度は用意してきたMDで音楽を聞くことにしました。それでも悲しいかな、緊張感が強いために、いつものように音楽を楽しむことはできません。耳では音楽を聞きながら、目は高速道路の案内版に釘づけになっていたのです。案内板の地名からあとどれくらい時間がかかるかを逆算していたのです。景色もちゃんと見られない状態でした。と、その時、添乗員さんから次のようなアナウンスがありました。「バスが発車して間もないのですが、次の休憩所に寄らせて頂きます。この後の休憩所までに渋滞に巻き込まれる可能性もありますので、ご用のない方も一旦降りられて、リフレッシュされることをおすすめいたします」

それは通常なら通過してしまうほどの距離での休憩でした。おそらくバスの苦手な私の心配を汲んでくださった添乗員さんと運転手さんとの配慮だったのでしょう。幸い乗客の方々も文句を言う人は誰もいず、「降りられる時に降りてトイレも済ませておこう」と好意的な反応でした。バスを降りるときに添乗員さんと運転手さんに「ご配慮ありがとうございます」とお礼を言うと、余計な言葉を添えずに他の乗客の方々に向ける同じ笑顔を返してくださいました。それは、「あなたはツアーに参加してくださった乗客のお一人です。我々が特別に無理をして配慮しているのではありません。どうぞ気楽に旅を楽しんでください」というメッセージに思えました。

不思議なのですが、この1度目の休憩以来、バスに乗ることの恐怖心がどんどん小さくなっていきました。その後も添乗員さんと運転手さんの乗客への配慮があちこちに感じられましたし、乗客の方々もそのことに気づかれているようで誰もが集合時間を厳守し、帰りも渋滞に巻き込まれることなくスムーズに帰ってくることができました。添乗員さんと運転手さんに「とてもいい旅でした」とお礼を申しましたら、そのとき初めて「ご心配しておりましたが、旅を楽しんで頂いて私どもも嬉しく思っております。お疲れ様でした」とおっしゃられました。本当に心温まるバスの旅でした。

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気づかせていただいたこと

旅を終えてまず思うことは、添乗員さんや運転手さんをはじめ、多くの方々にお世話になった旅であったということです。20年来のバス恐怖心から解放されたのは、初めて出会う見知らぬ人々から恩恵をこうむっていることを実感でき、20年間凍りついたままであった恐怖心が癒されていったからだと思います。

思えば、20年前の私は大変に孤独でした。自分の未熟さゆえに思うようにいかないことは全て周囲のせいにしていました。そのような当時の私には他者を許すことも、他者に自分の弱点をさらけ出して助けを求めることもできていませんでした。大雪の日にバスに閉じ込められた3時間は、そんな自分の身動きできない状況そのものでもあったのです。

また、バス恐怖症は、「20年前に経験した恐怖」への恐怖症(不安)であったことにも気づかされました。ツアーバスに乗っている間、私が懸命に闘っていたのは20年前に経験していた恐怖に対してだったと気づいたのです。バスが怖いというよりも、20年前と同じ恐怖心が蘇ることが怖かったのです。20年前の過去の出来事にずっととらわれていたのです。レイノルズ先生が「当時のバスとは違うことに気づきなさい」とおっしゃったことの意味があらためて理解できました。浅はかであったと思います。

さらには、これらの“気づき”は私が集中内観を体験し、CL理論を学んだことによってもたらされたものであるということにも気づかされました。集中内観は内観のコツを得るためのものであって、大切なのはその後の日常内観であるとよく言われますが、一瞬一瞬の出会いにおける気づきに敏感になれたのは集中内観で内観のものの捉え方を少しは身につけることができたからであり、その感覚を維持していくことが日常内観の第一歩であると日々の生活の中で感じております。自分のちっぽけな「我」にとらわれることなく、しっかりと物事を見据えて小さな行動を積み重ねていくこと。この過程にこそささやかな幸せがたくさん散りばめられていることに気づかされた旅でもありました。

バスツアー参加のきっかけをくださいましたレイノルズ先生と三木先生にお礼を申し上げますとともに、根気強く旅に誘ってくれた夫にも心より感謝をいたします。ありがとうございました。

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